俺と某の電撃戦

旅行と科学系の事が好きな人が自由奔放に続けてる、ごく普通の日記+雑記+旅ブログです。

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哲学的ゾンビ

ネットサーフィンや人と話してる時に、実は自分は自分で思っている以上に心の広い人間なのではないかと思ったが、本当に寛大な人はそういう事すら考えないからそこまで広くはないのだろう。あれ?この流れ前にもあった気がするw。
明日が後期中間発表なんだが、今まで以上に難関になりそう。現時点で既にそわそわして落ち着かない。まだ数週間前の雑誌会の方が論文1報だけ訳してまとめるだけだったから難易度低かったかもしれない。レジュメとスライドは最低限用意はできたが、どれだけ修正しても足りないように感じる。これしくじったらもう自分の学生生活に希望ないよこれ。それぐらいの分岐点だと思ってる。
哲学的ゾンビ」という言葉は前々から聞いたことはあったが意味までは知らなかったので、今日やっと調べてみた。簡単に言えば何から何まで普通の人間とほぼ何の変わりもないが唯一意識(クオリア)だけがない人間のこと。もちろん喜怒哀楽はちゃんと表現するが、それはあくまで精巧なプログラムのようなもので本当にそう感じているわけではない。例えるならゲームのNPC、自分以外は体の構造や行動まで全く人間と一緒のAI。これを知って思ったんだが、仮に自分で自分の意識を殺して哲学的ゾンビになることができても、客観的には「自分」は今までどおりに生活しているように見えるわけだから、人知れず自殺してるようなものにもなるな。それでも普通の自殺に比べて誰にも迷惑かけてないしな。まぁできればの話だけどなw。