俺と某の電撃戦

旅行と科学系の事が好きな人が自由奔放に続けてる、ごく普通の日記+雑記+旅ブログです。

俺と某の電撃戦

そうです。あのコが僕の畏敬する天使様なのです

休日出勤の感覚で研究室行ったけど、今日は大掃除だけということで昼までには解散になったので早く帰ってこれた。で、突然「さよならを教えて」を思い出したので、帰ってからはプレイ動画観てた。昔一通り観たことはあったけどさすがに細かい内容までは覚えていなかった。しかし今見てもこのエロゲーは色々と凄いな。そしてBGMがどれも不安を煽ったり悲しげなものなだけに、まひるが登場する場面のBGMがとても明るく感じる。何も知らない友人とかにネタバレなしでプレイさせたらどうなるか気になるw。あとついでに「ドラッグオンドラグーン」の新宿エンドの動画も観た。本当に、本当にありがとうございました。
下記の漫画のように、よく遅刻とかした時に「遅刻した時間(t)×待たせた人数(N)」の分だけ無駄になったという説明の仕方をするけど、俺には一つだけ納得いかない部分がある。確かにこういう時に他者の時間を無駄にすることが良くないことは当然であるし、待たせた人数が多い分だけ責任が乗算されるのも分かる。しかし何故その責任の度合いの単位が時間なんだ。時間は全ての人間で等しく共有されるものであって、今流れたこの1秒は一人一人に分割して足し合わせれるものではないと思っている。そしてもう一つ、人によってその「待たされた時間」の価値は異なる。その遅れた時間を惜しむほどの人もいれば問題ないと受け流せる人もいる。共有されて流れる1秒だがその価値は人によって違うから、単純計算でt×Nとするのは何か納得がいかない。
ではどうすればよかったのか、考えぬいた結果↓のような式になった。
Σ[N=1→N](t×AN) [価値]
(AN:N人目の単位時間当たりの価値 [価値/s])
えぇ、単に表現の仕方の問題なだけですw。単位の[価値]は造語、ちゃんと定義されてない精神的なものだしね。どうでもいいことだったけど昨日下記の漫画を読んでふとこの話を思いついて書いた。上手く伝わるように書こうと思ったけどこれが限界。
駆け込み乗車がダメである数学的な理由〜マンガで分かる心療内科in秋葉原