俺と某の電撃戦

理系の人が自由奔放に続けてる、ごく普通の日記+雑記+旅ブログです。

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選挙で落選の可能性が高い候補者に投票する客観的な意義とは何か

ブログ主さんは根っからの理系だから政治には興味ないですよね?


 すごい偏見。確かに詳しくはないけど、最近は政治や経済、時事といった自分の専門外だった分野を「中田敦彦YouTube大学」等の教育系YouTuberの動画や解説サイトを見て(簡単にだが)勉強することが多くなったよ。


そういえば以前そんなことを言ってた気が


 知らないことは罪ではないが、知らないことを知らないままにするのは違うというのが私の持論の一つでね。


 以前も書いたけどあっちゃんの動画ではお堅い難しい話を中立的にエンターテインメントな感じに説明してくれるから興味を持って勉強できるし、さらにそこから色んな疑問が沸き上がって独自に解説サイトを見に行ったりもする。動画中で紹介してる参考図書も読んでみたいとも思ったりもする。


 そして色々知るたびにまさにアインシュタインの名言のような状態になる。


「学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。 自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる」byアインシュタイン


そのやる気がこのまま続くといいですね




 それで色々視聴しててふと選挙に関して疑問を持ったんだが、落選の可能性が高いと分かっている候補者に投票する意義とは何だろうか。


 私もボートマッチサイトを使ったり独自で政策を調べたりして自分のイデオロギーや考えに近い候補者に投票し、その人が当選したり落選したりというのはその都度経験してきた。しかしボートマッチで自分との一致度の高い候補者がどうしても他の候補者に負けるだろうと予測できる時、果たしてその”客観的”な意義は何なんだろうとふと思った。今までは単なる自己表明という主観的な理由で投票していたが、落選したらその票は死票になるんでっせ。


 だからと言って多少自分の考えと逸れていても寄らば大樹の陰、勝ち馬に乗るかと言われればう~んって感じだし。


 これに関してはググっても納得できる明確な答えが出てこなかったです。昔Twitter「もし自分が投票した候補者が落選しても当選した候補者との差が小さければ、当選者が好き勝手な政策を行わないように牽制することができる」というツイートを見かけたことがある。当選後も自分の支持者に匹敵するほどの他候補の支持者を無視できなくなり気にしながら政治をしなければならなくなるっていう理由だったと思うが、今探してもそのツイートが見当たらないのよね。そしてそれは合っているのか、その他にも意味はあるのか知りたいです。要はそういう話です。


教えて偉い人!!


 しかしこういうのを色々調べて考えるのも面白いねぃ。なお選挙に関するあっちゃんの動画はコチラ↓。



【日本の選挙①】投票に行かないと損する!?〜選挙入門編〜

【日本の選挙②】国家予算100兆円の使い道は!?〜選挙入門編〜


 あとこれは余談だが、若者の投票率が低い主な理由は「政治への関心が低い」と言われているが、個人的な視点で他の理由を挙げるなら「どうせ投票しても自分の思い通りにはならないから」「私が投票しなくても勝つのが分かっているから」もあると思っている。



 最後に……私の支持政党がどこか、もしくは支持政党無しかはここでは明言しません。




 以上、選挙の話でした。ここまで読んでいただきありがとうございました。


いつも日常的な日記や雑記なのに、今日の記事はいつになく社会的な話でしたね


 たまにはね。